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2007年11月26日 (月)

教会の尖塔

ヨーロッパを移動していると度々教会の尖塔を目にします。それはまるで「天を志して生きよ」と語り掛けているようです。こんな話を御存知ですか?ある男が石を運んでいました。何をしているのかと尋ねられて彼は「見てのとおり俺は石を運んでいるのさ」と答えました。別の場所で同じように石を運んでいる男がいました。彼は同じ質問に「私は教会を造っているのです」と誇らしげに答えたそうです。このように理想を把持して生きる人は輝いています。何もない平原でも1本の木を目指して歩けば自信を持って真っ直ぐに歩くことができます。今月のジュネーブ日本語誌友会では副総裁先生のWebsiteから「日時計主義」は実相顕現の運動を紹介しました。私たちはもっと「与えられていること」「恵まれていること」「生きていること」に感謝して人のため地球のために愛を積み重ねる運動を進めなければならないと思いました。(写真左はチューリッヒで撮影、右は11月25日に開催されたジュネーブ日本語誌友会でのショット)

Zurich_church Geneva_071125_2

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コメント

>> ヨーロッパを移動していると度々教会の尖塔を目にします。それはまるで「天を志して生きよ」と語り掛けているようです。<<

 大塚さんらしい、まっすぐで爽やかな言葉ですね。素晴らしい表現力、と感嘆いたしました。チューリッヒの教会、懐かしいです。10年前に訪れたとき、日曜日の朝、あちらこちらの教会の鐘がゴンゴン鳴っていて、こんなに沢山の教会があるんだ、多くの人がキリスト教を信仰しているんだと感動したことを思い出しました。

 また石を運ぶお話、私も肝に銘じたいと思います。

-TA

TA sama;

ドイツに来て2年半になりますが、これまでにいくつの石を積み上げて来れたか振り返ると正直申し訳なく思います。しかし日時計のように光を見つめつつこれからも「国際平和信仰運動」に邁進しようと決意しています。

大塚さんが積み上げてこられた石は、はるかはるかたかくそびえ立っていると思います。
この秋欧州担当になり、大塚さんがどれだけ欧州の幹部いえ信徒の皆様おひとりおひとりを愛されているか、そして、大塚さんがみえないところでご尽力されているひとつひとつのお仕事に、教団の浄財を大切に使っていきたいとどれだけの配慮がされているか、私にはよくよくわかります。私はそれだけで本当に感謝の思いで涙がいっぱいになり、頭がさがります。私も大塚さんのようなすばらしい先輩方を目標に愛のある行き届いた運動ができるように日々勉強中です。またそれに続く後輩たちを育てていきたいと思っています。感謝合掌

minamoto san;

こんなに友人(同僚)から誉められたのは最近記憶にありません。なんだかなんでも出来るぞという気持ちになって来ました。(笑) まだまだ修行中の身ですが今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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